介護士をしていると、命を閉じていく場面に会うことが多い。
私は訪問介護なので、初めましての時はお元気な方もいらっしゃる。
そして、ある程度期間を共に過ごすことができて、状態の変化を見届けていきながら
旅立つ時まで伴奏する。
長い短いあるけれど、それすら当たり前だと思っていた。
笑顔でお別れした次の日に、ご自宅で一人旅立ってしまった方が。
突然死のようなこと。
前日の夜、ちょっと爆笑するくらい笑ってお別れしたのに、なんで?
今までのお別れと何かが違うのは、「また会える」と思っていたから。
それまでは、お別れが近づくと、それなりに心算ができていたんだなということも今更ながらに気づく。
よく、会いたい人に会うとか、行きたい場所に行くとか。
口にはするけれど、実際にできている人はどれくらいいるんだろう。
認知症も強かったけど、話す言葉一つ一つが私は好きだったし、何より話が合うから、いつも爆笑していた。
認知症の方と、話があうっていうのも想像つきにくいと思うが、実際本当に話が合った。
でも、最初は「何しにきたんだ、帰れ!」とご自宅にサービスが入れない時もあったり、
ご飯の用意をしていたら作ってるものを捨てられたり、玄関から一歩も入れてくれないとか。。。
色々経て、最終的には「挨拶なんて何でするの?勝手にズカズカ入ったらいいじゃない」までとなるんだけど、その話は別の回で
春に、同居のご主人を看取られて、私たちが思っている以上に寂しさが募っていたのかな。
「あの人死んじゃったの?私全然知らない。恩知らずね、本当に私はバカだわ」
を繰り返していたけれど、ちゃんとその気持ちを受け止めてあげることができてなかったな。
認知症で、理解できない忘れてしまうというより、寂しさからの発言だったのかもしれない。
ご主人の話を今度ゆっくり聴かせてほしいと伝えると、いつも嬉しそうに「いいよ、今度ね」と言っていた。
グリーフケアとして、もう少し時間をかけてあげられたら
私が話す言葉に
「あなたの言葉は心からの言葉ね、本当に優しいのね」と言ってくれる人
お父さんのお仏壇に生けるお花を庭で摘んでいると「心の底から、優しいのね」と言ってくれる人
実際はそんなに優しい言葉をかけた覚えはないけど、
私はこの方のことが好きだったからその想いが伝わっていたのかな
亡くなる3日前に息子さんが「お誕生日のお祝い」に寄ってくれた時
庭に来ていた鳥の鳴き声を聴きながら
「お父さんと話してるみたい」
と言っていたそう。
あと10年くらい、のんびりこの世界を一緒に楽しみたかったけど
お父さん、呼ぶのが早いわ〜
お父さんが「お誕生日おめでとう」って言ってるだけだから、
もう少しこっちにいたらいいよ!って本人に言いたい!!
お父さんには敵わないけどさ
また、心の中で会いましょうね。出会えてよかったです。
ありがとうございました。
↓イメージのイラストをAIにお願いしたらこうなった、一個も会ってないけど・・・


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